トマトは難しい時期がある。実がなり始める頃。背丈も大きく成長しなければいけないし、花も咲かせないといけないし、実も大きくしないといけない。トマト自身のバランスが崩れる時期。その時にしっかり見て人間が手をかす。まるで人間の思春期と一緒。
佐藤農園さんは有機農業では珍しく、大規模農園を経営されている方です。
安心できる野菜を探し回った時、豆の力屋さんやトキハの地下で、いつも手に入れることのできるお野菜でした。
有機農業は手作業が多くてなかなか大規模でやるのは大変、と思っていたのでどうやっているのだろう、と実際に畑を訪ねていくのを楽しみにしていました。
また、継続的に研修生を受け入れて一緒に農作業されています。そういう農園にも初めてお邪魔しました。
お忙しいにも関わらず農園全体を案内して下さって、ひとつひとつ丁寧に説明をしてくださいました。
ウーファーの方が作られた看板です。
宇佐市にある佐藤農園さん。昭和22年に佐藤さんのご両親が入植して山を切り開いて作った、広大な畑。そして井戸からくみ上げた豊富な地下水で野菜を育てています。
野菜の発送作業をする建物と、佐藤さんのご自宅と、研修生のための家。その周りに広大な畑が広がっていて
多品目の野菜が育っていました。
商品の発送作業をするところです。
地下水をくみ上げたタンク。
水も野菜の味を決める要素なのかも
しれないです。
広いけれど整然としている、というのが第一印象でした。
それもそのはず、畝を作る際には必ず計測して糸で線を引いてまっすぐにするそうです。
その畝の間隔は約70センチ。毎年、結果を見ては60~70センチの間で微調整するそうです。また、長さは140センチ。
「これは偶然出した数値ではなく、耕作面積と植えつけの作物に必要な単位面積と収穫量を計算しています。」
「研修生を預かっているから、具体的な数値をきちんと出して作業の指示を出さないといけないし、将来独立した時に一人でやっていく時のことを考えないと。」
ナスの苗が植えられていました。
ビシッと整えられています。
トマトの苗の植え方は土に対して垂直ではなく、ほとんど横倒しのような傾斜。
そのほうが根がしっかり張るし、風を受けた時に強い。起き上がろうとする力があるのでたくましく育つとか。
本当に傾斜がついています。
「農家なら誰でも知っている植え方です。」
とのことです。
ビニールハウスの中も整然としています。
本当にまっすぐで、ゴミが全くありません。
キュウリは3月初旬にタネから植えて、5月初旬には収穫できる。収穫の間隔が短い作物です。
最盛期は朝晩二回の収穫でも間に合わないくらいだそうです。
「オス花とメス花があって、メス花しか実をつけない。脇芽を摘む時にそれも見ないと。
畦から収穫する時の作業がしやすいように実をならせるようにも考えて、どの枝に実らせるかも観察しながら作業がいる。でもおしべめしべの受粉がうまくいかないと形がいびつになります。」
キュウリの花。
小さい実がついているのがメス花です。
「トマトは受粉しないでも実ることが出来る作物。でも、栽培には結構気を使います。
またこのあたりの気候は、産地の久住なんかに比べるとトマトにとって気温が高い。8月いっぱいまでは持たない。
枝も二本仕立て(花の下の枝を残す)にして背丈を高くせずに短期間で十分な収穫ができるように、工夫も必要なんです。地根ではなかなか育たないので接ぎ木で栽培もしています。150円の苗を1000本。
虫は全然怖くないけど、病気にならないように観察は必要です。」
トマトの接ぎ木した部分がわかります。
トマト、結構大きく育っています。
そのほか、ピーマン800株、ナス400~500株、キャベツ、ズッキーニ、ミニトマト、こだまスイカ、カボチャ、インゲン、スナップエンドウなど多種類が少量ではなく大量に育てられていました。
肥料はわらや落ち葉や米ぬか。田圃の赤土なども混ぜて1年後に堆肥ができるそうです。
堆肥の山を少しくずすと、ミミズが大量に出てきました。
「高温で完熟堆肥を作る方法もあるけど、それだと40度くらいになる。有害菌はなくなるかもしれないけどミミズはいなくなるよね。」
非常にイキイキしたミミズとダンゴムシの
皆さんです。
堆肥を作るための材料です。
佐藤さんの丁寧な説明で、私はそれぞれの野菜の育ちかたや特性を全然知らなかったと思いました。
今まで野菜を育てたことはあったけれど、ミニトマトはベランダで水と肥料を「なんとなく」「適当」にあげたらたまたま育った経験が。
収穫量がそのまま生活につながるプロは、その野菜の性質を見極めて、細かく観察して収穫に結びつくように緻密な計算をしているんだと今更ながら思いました。趣味でもなく、決して「なんとなく」ではなく。
頭でわかっていても農家の方がどんな準備をして計算をして技術を磨いているのか、佐藤さんの説明を聞いてもっと具体的にイメージが出来ました。
でもいくらきちんと準備して計算しても、自然はその通りには行かない。天候などの予想外の事もたくさん降りかかってくると思います。その過酷さ。厳しさを今更ながら改めて思いました。
スナップエンドウの花。
収穫の最盛期です。
毎日5時までに野菜の出荷作業を終了するそうです。
私が伺った時も、ひっきりなしに注文の電話や問い合わせがあり、奥様と佐藤さんが丁寧に対応されていました。
販売に関して、特に営業活動はされたことがないそうです。
宅配を始めたのは、今は独立して福岡で活躍している研修生の方がいた時。
いろいろ考えて季節の野菜を7~8種類。野菜ひとつが200円に収まるようにして1500円ぐらい。
送料と箱代金は別にもらうようにして、散々悩んで決めたそうです。
今は全ての野菜の引き取り先が決まっているそうで、規格外の野菜も引き取ってくれる飲食店もあるそうです。
「今繋がっている販売業者の方も、何か信念をもってうちの野菜を扱ってくれている。大事な仲間だと感じられる人たちです。」
商品を大量に発送している場所です。
研修生の方の動きに無駄がないです。
スピード感がすごいのです。
佐藤さんはずっと大分で農業をされていた方ではなく、長年東京で野菜の流通などのお仕事をされていたそうです。
販売や販路のノウハウはそこで学んだことは生きているそうですが、自然と口コミや紹介で野菜の評判は広がっていったそうです。
「野菜を売る、という感覚よりも必要としている人に届いてほしい、という思いがあります。」
「無農薬・無化学肥料で生産するのは当たり前で、収穫量を増やしたい。食糧の安定供給というのは大切だと思う。
震災以降に、原発事故の影響から、九州産でしかも有機のものをという需要が多くなってうちも3日で注文を打ち切った。特に募集していたわけでもないのに。
私個人の感想からいうとそういう野菜を求めている人は多いのに、需要に供給が全然追いついていない。そんな印象を受けます。
だから私の役割としては、安心して食べてもらえる野菜の収量を確保すること。そして、その野菜を作れる若手の農業者を育てること。1人で出来ることは限られています。有機農産物を作れる農業人を増やすことが急がれることです。」
作業されている研修生の皆さん。
黙々と・・・。
関東出身の方が多いそうです。
以前はウーファーを募集していて、いろんな国からも来てもらったそうで、その出会いで気が付くことがたくさんあったとか。
外国から来た青年に、「日本の有機JAS認定は甘い。外国では認定を受ける人間が合成洗剤を使っているかどうかも審査項目に入る。」と言われて、ハッとしたそうです。
有機的な生き方や生活まで問われる。商業的なものに終わらないのだ、生き方なのだ、ということに気付いたそうです。
「ウーファーを受け入れたのは、今思えば研修生を受け入れるようになるまでの一段階前の準備だったと思う。
人の意識や生き方が変わるには、その人自身が気付く段階があると思う。少しずつ、自分自身で発見したりするしかない。」
ウーファーは交流で終わってしまう。それもいいけれど、農業者として自立する人を確実に育てたいという思いが強くなったそうです。
研修生の住居。
新築です。
中もピカピカです。
現在の研修生は4人。
農作業の時間ははっきり決めています。朝6時からスタートして(繁忙期は5時)昼食1時間休憩、3時にまた休憩。
5時半には全ての作業が終わります。
「作業の時間は集中してやって、笑い声が出たら叱ります。本当に真剣だったら冗談も言えない。
限られた時間で身に着けてほしいことはたくさんある。2年間、丁寧にやれば相当密度のある仕事ができます。
でも休憩の時間はみんなよく笑います。」
週に3回は研修生だけで自炊したり食事をしたり。それ以外は佐藤さんのご家族と一緒です。
「家族だけの団欒や話す時間も必要だし、研修生のほうも自分たちだけの時間も必要だから。」
毎回、食事を作るとなると奥さんも、おそらく大変だと思います。
無理なく続けられるように、きちんとシステムが整っている印象でした。
農園の理念が書かれた看板です。
こちらもウーファーの方作です。
「農業人を目指そうという人は純粋で面白い人間が多いと思う。
特に都会からUターンやIターンで来た人は、いろんな情報があふれる中で、自分で考えた信念や生き方があって農業を選んでいるので。」
「2年間の研修期間を終えて独立した人で、それぞれ活躍しているのを聞くと本当にうれしい。
独立事業主です。どのように経営していくか、真剣でないと成り立ちません。
新規就農者が離職するのは、甘い考えで入ってくるのもあると思います。本を読んでできる気になっている人も実はいる。でも、単純な「畝を作る」「水をやる」「収穫する」そんな作業もやらせてみたらできない。実際は難しいんです。」
「農業人の体になるにも時間がかかる。作業のコツもあって体に負担にならないような技術も身に付く。体つくりも必要です。」
育苗専用のハウス。
暑い日でした。
作業するのは佐藤さんのお母様。
これだけの農地を一から開墾された方です。
研修生を受けいれているからこそこなせる仕事量や収穫量でもあるそうです。でも単なる作業する人ではなく学ぶ人を受け入れて教育するのは大変なことです。
「研修生を育てるのは本当に難しいです。決して楽ではない。
若者を1人育てるのにどれだけの労力が必要か。正直、私は一人になりたいこともありますよ。人間は感情の生き物です。お互いイライラしたりムカムカすることもありますよ。
「畝ってなんですか」から始まることもあるからね。手取り足取り・・・。そりゃ自分でやったほうが早いことのほうが多い。でもそうしたら意味ないですから。でもそういう人はとても純粋で素直です。みるみるうちに伸びていく。」
インゲン。
収穫にはコツがいるそうです。
難しいとか。
「研修生から学んだり、刺激を受けることも多いですよ。今、福岡で独立している方と、野菜の直接の宅配を始めました。パンフレットを作ってみたり、値段の設定に試行錯誤したり。楽しかったですよ。今おかげてうちは宅配の割合は多いです。出来た野菜はたとえ規格外であっても、皆引き取り先が決まっています。値段で勝負しないでもいいんです。営業は一切していないです。全て口コミだけ。」
「若い人が来ることで新しいアイデアや新しい感覚がもらえる。情報や交流が盛んになると楽しいです。
例えば、都会から新規就農の人が増えると、新たしい情報や感覚をもって新しい風を地域にもたらしてくれる。
それはその地域の魅力が増えること。単純に人口が増えることでもあるし。」
「生活がきちんと成立することも大事です。地道に働いて、休んで、文化的な活動もできる余裕のある生活も。
成り立つやり方は農業的な「技術」ももちろん必要です。」
実り始めたトマトです。
「有機農業の問題点はこだわりすぎて生産量が上がらない。ようなことがあること。
手間をかけることがいいことだと思っている。一昔前が曲がったきゅうりや虫が食ったものが本物の証拠という有機農業者もいた。でもそれはだんだん過去の話になりつつある。消費者も勉強が進んでいるから。」
「私のやり方は、農薬も化学肥料も使わないからコストもかからない。機械も最小限。手間もいらない。土を育てたら楽になる。そういう有機農業をしています。ちゃんと儲かるようにならないと。」
最低限の機械しかないという
農機具置き場。
一気に3000~4000の
苗を植え付ける機械です。
その規模でないと間に合わないそうです。
私が出会った有機農業の方は皆、強くて優しい方が多かったです。
尚かつ、それぞれ自分の言葉で畑で培われた実践者としての言葉や哲学をもっている人も多かったのですが
佐藤さんもそういう「気付き」というような体験をされていました。
ある時、キャベツの中外葉は虫に食われているけれど、中の甘い白い葉は虫喰いがなくそのまんま。
その時、「あ、虫は中身の甘さは好みではないのだ。人間と虫の好みは違うのだ。」と思ったそうです。
そして、「全てがつながっている、全ての存在するものが必要だからその場にいるのだ」と。
よく言われる、虫が人間のいらないものを食べてくれる。という表現。
佐藤さんの言われていることは同じようでいて全然違います。佐藤さんの言葉は人間が主体でなかった。
虫には虫の味覚がある。それだけ。
私はそこに他を等しく尊重する心がにじみ出ているような気がしました。
ホタルの出る水路です。
庭にまで飛んで来て季節を
知らせてくれるそうです。
竹やぶも。
タケノコも取れるそうです。
佐藤さんとお話してもう一つ印象的だったことがあります。
「反対運動はしない。」
「TPPや原発などの問題で賛成か反対と言われればもちろん反対です。
でもそのための「反対運動」はしないと決めています。運動する人のことは別になんとも思わない。
ただ私の選択としてはしないのです。反対運動と有機農業は別の問題だと思います。
私の仕事は安全な有機野菜を作ること。本物を作ることです。それに全力を注ぎたい。
理屈で人は動かない。人は本物に触れた時に初めて心が動きます。このキャベツは食べると優しい味がする、とか。美味しいとか。私の役割は少しでもそういってもらえるものを作ることです。」
「原発も含めて食を取り巻くいろいろな問題がありますが、いったん経済のシステムに組み込まれたらそれを変えていくのは本当に大変なことです。反対だけでなく、お互いが生かしあう知恵を持ち寄るようなことが必要だと思います。」
ツバメが巣を作っていました。
春だし、
若いツバメがたくさんです。
思い出したのは「沈黙は容認」第二次世界大戦後にドイツ国民からでた反省の言葉です。
私は自分自身の意見を表明していくことはとても大切なことだと思います。
反対、と勇気をもって表明する人がいて、世の中にいろんな動きが生まれることはもちろんあります。
でも、私は自分自身の短い経験からですが、佐藤さんの言われることは腑に落ちました。
どんなに「正しい」と思われる正論を訴えても批判だけでは広がらない、というのが私の実感です。
眉を吊り上げた攻撃的な人の批判はたとえどんな内容であっても受け入れることが難しいなあ、と。
人は明るい、楽しいほうへ自然と心を寄せるものだと思うのです。
とある結果を出した運動グループのやり方は
「勉強しませんか。意見を交換しませんか。どんな将来の展望を共有できますか。」というような対話のやり方だったと思います。
水遣りもシステムが整っています。
トマトの苗の立ち上がりが
分かります。
私も「批判の前に提案」ができるようになりたい、と考えています。
血の気が多いのでそれはとても難しいことですが。
2項対立の考え方で「こちらが正しくてむこうが悪い」は全然前に進まないのです。私自身の「正しさ」もそんなに自信を持っていいものかどうか・・・。
佐藤さんの立場で「反対運動はしない」という表明はなかなか勇気がいることだったと思います。
自分の与えられた使命を全うして、「本物を作る」ことは、もしかしたらもっと難しいことかもしれません。
佐藤さんは反対運動をする人に対して、何も批判していません。人にはそれぞれ役割があるし、自分はそうじゃないな、と思っただけ。というような淡々とした穏やかさを私は感じました。
もうすぐ難しい年頃になるトマトです。
花も実もあるって無理があるような
気もしないでもない・・・。
大規模に有機農業をやって、きちんと収益を上げています、そのノウハウを全て教えて研修生を受け入れて育てます。
「私のやり方はとても人様に教えるようなものではないです。」などど、謙遜される農家の方も多いです。
そんな中、そういう表明をしていくと結構、出る杭は打たれるようなこともあったのかな、と想像ですが思います。
でも私に与えられた使命はこれ。と分かっている人は、他の人にどのように批判されようがどう思われようが平気だろうな、と思います。
「私の与えられた使命は、成功するような有機農業人を育てること」
佐藤さんの覚悟のようなものをビシバシと感じました。でも決して悲壮感はありません。
苗は一部、販売もされています。
以前、知り合った落語家の弟子から
「よう言うやん、師匠がカラスは白いと言ったら弟子も白いと思わなあかん。ってホンマの世界やったわ。」と教えてもらいましたが、佐藤さんの研修生になったらそんな風にとことんまでついて行ってもきっと後悔しないだろうな、と思います。きっと、叱られることが多くても、楽しいだろうなと想像しました。
丁寧に優しくお話くださった佐藤さん。
また、話も聞いてくださいました。
でも、叱られたら相当へこみそうな
迫力あります・・・。
佐藤さんの発行している新聞を見せていただきました。
新年号のタイトル「みなさん、今年もガッツリ儲けてがはがは笑いましょう!」「儲けるという字は信じる者と書くんです。」
・・・誤解を恐れないというか、本当に恐れてないですね佐藤さん!
その人間的な吸引力はすごいです。ツボにはまって私は初対面にも関わらず大爆笑してしまいました。
それだけ暖かで、情熱があって、人間味のある素敵な「師匠」でした。
マーケット当日は、佐藤さんに代わって「怒られまくっている」という研修生の方が説明しながら野菜を販売されます。
佐藤農園の話と彼の将来の希望の話もきっと楽しいと思います。